“何か” @London

昨日から僕はLondonにきている。

怒濤のスケジュールを一段落させ、
いくつかのアポイントメントを取りやめて、6日間の海外逃亡である。
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機を見て、ロンドンに行こう。
実は1年程前からそう決めていた。

3,300万人が暮らす世界最大の都市、東京。
幸せにもそのど真ん中で僕は23年間のほとんどを過ごしてきた。

ウマい店も、流行の発信地も、土地勘も、それなりに知っているつもりだ。
効率的だし、便利だし、街として何不自由ない。

しかし、“何か”が足りない。
1年前ほど前から、言葉にならない物足りなさを感じていた。

その何かを身付けるのに、Londonは最高の場所であると。
なぜならこの10年で酸いも甘いもLondonは味わってきたからである。


「社会などというものは存在しない、あるのは個人と家庭だけ。」

僕らが生まれた1986年、
鉄の女サッチャーは英国病を克服へ、金融ビッグバンなる大規模な規制改革を行った。
それを機に、アメリカをはじめとする外資がロンドンの金融街シティへ流れ込んだ。

それから10年後の、97年に、
「第三の道」という独自の路線を謳ったブレアが登場する。

クリエイティブ産業に多額の出資を行うとともに、
「人と金は外から集めろ」と、あらゆる規制を緩め進め、
いわゆる「ウィンブルドン現象」が起きた。
サッカーのプレミアリーグのオーナーや選手のほとんど外国人になったのも一例である。

金融の世界は規制緩和の代表例で、外国人に対する優遇政策を取り続け、
海外の金融機関はロンドンの金融街、シティへと次々に拠点を置くようになった。
中でもオイルマネーを狙い、イスラム金融のために税制のルールまで変えたことは有名だ。

こうして世界の人とカネが10年間のうちに一気に流れ込んだロンドン。
空前の好景気だったという。

しかし9.11をキッカケに、その神話は崩れていった。
イラク戦争へ加担するブレアのやり方は、
国内外から致命的な反感を買ったのは記憶に新しい。

新米的なブレアの後を担った、経済畑のブラウンはさらなる悲劇に見舞われた。
「サブプライム問題」を発端とする金融危機である。
それは世界のカネの中心になっていたシティを直撃した。
ブレア政権の財務相を担い経済成長に貢献した彼だけに、なんとも皮肉な話である。

巨額のオイルマネーや新興国マネーが集められたロンドン・シティ、
それらがニューヨーク・ウォール街へと投資され、
アメリカと二人三脚で駆け抜けた空前の熱狂は、
「リーマンショック」で完全に幻と潰えてしまった。

そして今年、日本と同じく政権交代が起こった。
キャメロンが舵をとるイギリスの未来は未だわからないが、
いまU.Kが、Londonが、混乱、変化の真っただ中であることは間違いない。

混乱、変化・・
今の日本、東京もそうである。
巷ではそれを抜け出せない状況を「閉塞感」とも言っている。


サッチャー政権が登場した1980年代後半、
藤原ヒロシと、高城剛はLondonにきた。
前者はここでヴィヴィアンウエストウッドに出会い、音楽とファッションの世界にのめり込んだ。
後者は世界を自分の目で見る事の大切さを学んで今に至る。

ブレア政権が登場した1996年、
Louis Vuitton CELUXのBranding Directorも務めた源馬大輔もLondonに来た。
そしてBROWNS社に入社したことをキッカケにファッションとブランディングの世界へ。

みんな20代前半で、
ろくに海外経験もないままとにかく海を渡り、
それは共通してLondonだった。

そして今年、
キェメロン政権が登場した2010年、
僕もここにきた。

たった6日間かもしれないが、
東京に、自分に足りない“何か”を見つけてかえりたい。


今日はこれから、
マーケットでLondonのリアルを見て、
Louis Vuittonが先々週オープンさせた、ブランド史上最もラグジュアリーな造りなメゾンに行き、
夕方からは、多摩美術大学を卒業し、ロンドンのLCCと言う大学院で、
グラフィックデザインとブランディングを学んでいる、
Taro Motoda 君に会ってきます。

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「今日の一枚。」
引き分けましたね・・。
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by shibapiero | 2010-06-12 17:59 | feel

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